読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

千言万句

井伏鱒二『遙拝隊長』(1950)

広告 // 「ばか野郎。敵前だぞォ、伏せえ」 元陸軍中尉の岡崎悠一は、通りすがりの人々に誰彼と見境なく、突然、怒鳴りつけ、戦時中さながらの号令を発している。彼は、戦争がいまだに続いていると錯覚している。。。 この作品は、昭和25年(1950)、戦争の…

井伏鱒二初期短編

飄々として、軽妙な人物像。淡々として、起伏のない情景描写。 何が面白いのか、と言われれば、説明に困るような作品。。。それが井伏鱒二の短編に感じることだ。 しかし、文章は平易かつ的確で、目の前にありありと情景が浮かんでくる。この描写の巧みさが…

井伏鱒二『山椒魚』(1929)

*度重なる改稿 初出は『幽閉』という題で、1923年(大正12年)に早稲田の同人誌に発表されたもの。その後、大幅に改稿されて、1929年(昭和4年)、『山椒魚』という題で再発表された。 現在、一般的に読まれているものは、この昭和4年発表時のもののようだ…

Franz Kafka『アメリカ』(1927)

*『アメリカ』という題名 この作品は、カフカの親友マックス・ブロートによってカフカの遺稿が編纂され、1927年に『アメリカ』という題で出版された。 現在では、『失踪者』という題で出版されているが、どうも自分には、この『アメリカ』という当初の題に…

Franz Kafka『審判』(1925)

*「日常」という目に見えない負担 Kにとって訴訟とは何だったのか。 この訴訟には、終わりも見えなければ、進展も見えない。それでいて、生きている以上、ずっとつきまとって離れないものだ。ただ重い負担となって、ずっとKにのしかかっている。 Kの生活は…

カフカ短編小説 その2

広告 // 『皇帝の使者』 死の床にある皇帝が、一介の市民に過ぎないあなた(Du)に宛てて伝言を送る。だが、その伝言を預かった使者は、懸命に駆け続けているにもかかわらず、決してあなたにたどり着くことはない。何千年もの間。。。 それでもあなたは、皇…

カフカ短編小説

カフカは、未発表や未完成作品を含めて、数多くの短編を残した。カフカの短編小説の多くは、寓話(parable)と呼ぶべきものであって、話の筋や流れ自体にほとんど意味がない。そのため、その話が何を物語っているのか、いろいろと解釈する必要がある。 実存…

水村美苗『日本語が亡びるとき』(2008)

*消えていく言語 一説では、現在世界に5000から8000の言語が存在しているといわれる。数え方にもよるが、少なくとも3000近くあると見るのが一般的らしい。 世界には多種多様な言語が存在しているが、それと同時に消滅の危機に瀕している言語も数多く存在し…

Horatius『詩論』(B.C. 1c)

広告 // ミネルウァの意に添わないなら、あなたは語ることもつくることもいっさいできないだろう。これこそあなたの判断であり、良識である。けれども、将来あなたが何かを書いたなら、まずそれを批評家のマエキウスと父上と私に読んで聞かせてから、原稿を…

斎藤兆史『英語達人塾』(2003)

巷に溢れる大量の安易な英語学習本に背を向け、本気で英語を習得しようという人に向けた本。 本書が目指すところは、ひじょーに次元が高い。 「Native English speakers並みを目指す!」 。。。というのではない。 Native speaker以上を目指す!というのだ。…

加賀野井秀一『日本語を叱る!』(2006)

*タコツボ化する日本語 2006年刊行。 前作『日本語の復権』と同じく、「甘やかされた日本語」に喝を入れ、日本語の表現能力を鍛え直そうというもの。前作よりも読みやすく、論旨も掴みやすくなった。 日本人は、相手の察する能力に依存して、表現を短縮した…

加賀野井秀一『日本語の復権』(1999)

*表現能力が衰退し、形骸化する日本語 1999年刊行。 日本語から見る日本人論。日本語による表現は、極度に相手の察する能力に依存していて、話者の表現能力の衰退を招いている。その結果、言葉が形骸化し、内実を失った表現が巷に氾濫するようになった。街…

町田健『ソシュールと言語学 コトバはなぜ通じるのか』(2004)

*言語学小史 2004年刊行。 ソシュールの言語学とその後の言語学の歴史を概説している。 ソシュールは、ある一つの単語の意味は、言語という体系の中で他の要素との関係性によって決まるということを指摘して、近代言語学の基礎を築いた。ソシュール自身は「…

丸山眞男・加藤周一『翻訳と日本の近代』(1998)

日本の近代化を支えた翻訳文化をめぐる対談集。良くも悪くも日本の近代化は翻訳を中心に進められた。その思想史的な意義と功罪をめぐって、戦後日本を代表する思想家二人による対話が交わされている。 *翻訳文化の始まり 日本の近代化は、19世紀半ば、ペリ…

外山滋比古『日本語の感覚』(1975)

前著『日本語の論理』において欧米言語と日本語の特質の差を名詞構文と動詞構文の差として特徴付けた外山氏だが、本書ではこの全く性格を異にする欧米言語を日本人がどのように受容していったのかその歴史に焦点が当てられている。 欧米言語は、思考の中心を…

外山滋比古『日本語の論理』(1973)

*西欧語との対峙 著者の外山氏は1923年、大正12年の生まれ。第二次大戦が始まる直前から戦中にかけて英文学を学んだ。 この頃はまだ、日本語は非論理的であるという明治以来の根強い言語観が残っていた時代だ。当時、外国文学を学ぶということは、一方の日…