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読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

小林よしのり他『原発はヤバイ、核兵器は安全』 (2012)

政策論争は少なめ、公と私の関わり方に関する議論がより中心
 2012年の本。
 「原発はヤバイ核兵器は安全」という本書の題に惹かれて手にとってみた。

 小林氏らしく、右も左も言わないような突拍子もない主張で、どのような議論が展開されるのか期待して読んでみたが、本書の主題は主にTPPと国防論で、題にあるような議論はほとんど触れられていなかった。(この題は、高森明勅氏の発言が元になっているらしい。)

 本書の題に関わる議論は、次のような一点のみだ。原発は場所が分かっているので、敵対国に標的にされてしまうが、核兵器は、原子力潜水艦に搭載して、常に潜水させておけば、発見されにくく安全だ、という程度の内容だった。核廃棄物の扱いや戦闘や事故における際の被害というのは特に想定しているようではなかった。
 すべての議論が「核武装ありき」で話が進んでいくので、核武装の有効性や、核武装した際の核戦略、あるいは核を持たなかった際の外交戦略などは、議論からほとんどなおざりにされている印象だった。(これらの点に関しては、他の著作をあたれ、ということなのかもしれない。)

 国防に関する議論では、核武装さえすれば、外交交渉における発言力が急に増し、外交戦略の幅が増えると一気に判断してしまうのは稚拙な考えのように思う。当然、核武装をしたゆえに、制限される外交戦略というのも出てくるわけで、そうした総合的な判断が、どうもこの人たちの議論には欠けている印象がある。

 もうひとつ本書で、中心的な議論になっているのがTPPだ。TPPは、経済的な国益という観点よりも守るべき国体とは何かという観点から考えるべきだという主張には同意できる。関税は、その国の産業構造を守るためのものであり、産業構造はその国のあり方を決める重要なものだ。自由貿易は重要だが、国の成り立ちそのものを支えている産業は、安易に自由競争に晒していいものではないと思う。

 具体的な政策論や国家戦略に関する議論は、これくらいであとは、公と私、国家と個人のかかわり、デモなどの運動と地に足をつけた個人による草の根運動との違い、国家を背負う気概、等々、従来からのよしりんの議論が繰り返されている。「道場」という名目の集会(シンポジウム?)なので、参加した人たちへ向けた、このような議論が多くなったのかもしれない。

 本書は、全体として、政策論争は少なめ、道場に参加する人たちに向けた公と私の関わり方に関する議論がより中心といった感じだ。会場とのやり取りや来場者との質疑応答が納められていて、会場の雰囲気が伝わってくる。巻末に参加者のアンケートがあって、どんな人たちが参加しているのかというのもおおよそ見えてきて、草の根運動として信頼が置ける。決して運動ありきの極端な人たちの集まりでないことは、よく分かると思う。ただ、なんとなく、道場の宣伝っぽい本でもある。

 最後にあと一点。個人的に、本書の中で最も違和感を覚えたものが、自衛隊に関する部分。国家を守る気概を説くために、安易に自衛隊礼賛をする姿勢には疑問を感じた。

 自衛隊に志願する若者たちは立派だが、だからといって彼らだって、戦争で死にたいと思っているわけではない。それを、今の自衛隊はデリケート過ぎて、本当に戦場で人を殺せるのか?とか、いざとなったら自分の命を投げ出す覚悟が必要とか、自分では絶対に戦争に行かない安全な立場から、こうした発言を繰り返すのは非常に卑怯な態度のように感じる。自分自身は下品で糞下らないアイドルにうつつを抜かして、自分はもう年だし足腰弱っているから戦場では役に立たない、と言い訳までしている姿はほんとに醜い。

 戦争で死にたいなんて思う人間は誰もいない。自衛隊に志願する若者たちを、いかに戦場に送らなくて済むようにするのかを考えるのが、政治家、指導者、知識人の役割だろう。国家に命を捧げる気概を説く前に、戦争を回避するための国防論を議論するべきだと感じた。

原発はヤバイ、核兵器は安全 (ゴー宣道場選書)

原発はヤバイ、核兵器は安全 (ゴー宣道場選書)