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読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

Soundscape - 音という風景

Soundscape ecology

 It focuses on the study of the effects of the acoustic environment on the physical and behavioral characteristics of those organisms living within it. It has occasionally been used interchangeably with the term, acoustic ecology.
 Soundscape ecologists also study the relationships between the three basic sources of sound that comprise the soundscape: those generated by organisms are referred to as (biophony); those from non-biological natural categories are classified as (geophony), and those produced by humans (anthropophony).
 Increasingly soundscapes are dominated by a sub-set of anthropophony (sometimes referred to in older, more archaic terminology as "anthropogenic noise"), or technophony, the overwhelming presence of electro-mechanical noise. This sub-class of noise pollution or disturbance may produce a negative effect on a wide range of organisms.
 Variations in soundscapes as a result of natural phenomena and/or human endeavor may have wide-ranging ecological effects as many organisms have evolved to respond to acoustic cues that emanate primarily from undisturbed habitats. Soundscape ecologists use recording devices, audio tools, and elements of traditional ecological and acoustic analyses to study soundscape structure. The preservation of natural soundscapes is now a recognized conservation goal.

Soundscape ecology - Wikipedia, the free encyclopedia

*騒音の大国
 選挙カー、廃品回収車、灯油の販売車、区の広報車、右翼やら怪しげな政治団体やらの街宣車、メガホンや拡声機で叫んでいる店頭の呼び込み、宣伝や音楽を街路にひたすら流している商店街、街頭に設置される大画面映像、全面に広告を載せて宣伝のためだけに走っているトレラー、駅などの公共機関で休みなく流される注意喚起の放送。。。

 なぜ、この国は、こんなにも五月蝿く、こんなにも下品なんだろう。
 なぜ、この国民は音というものに対して、こんなにも鈍感で無関心なのだろうか。

 音というものも街の風景を構成するものの一つだろう。そういう極めて自然な生活環境への理解が、なぜかこの国では欠けている。

*音という生活環境 - Soundscape
 音も生活環境を構成する重要な要素のひとつだ。音も風景を構成するものの一つとして捉えるような考え方は「音風景」、Soundscapeと呼ばれている。

 Soundscapeは、当初、風景のすばらしさを音も含めて評価しようとする思想だった。しかし、今では、音という要素が、住環境や生態系に与える影響までを考える極めて広い概念へと変化してきている。
 音という観点から生態系を捉え直す新しい概念へと発展しているのだ。

*日本における「音」環境
 では、今の日本をSoundscapeという発想から見直してみたらどうなるだろうか。
 私には、最悪の環境のようにしか思えない。

 ところかまわず流す宣伝と音楽、店頭で呼び込みに叫んでいる店員、街頭の大画面に映し出される幼稚で稚拙な宣伝番組。海外から見たら、東京都心の五月蝿さは、もうすでに常軌を逸している。

 だが、今の日本は、都心の繁華街が五月蝿いという次元ではすでにない。住宅街においてすら五月蝿く、静かな住環境は失われているのだ。住宅地の中においてさえ、さまざまな拡声機を使った騒音があふれかえっている。
 住宅街の中を拡声機でわめきながら営業して回る灯油売りやら竿竹屋やら焼き芋屋やら等々のさまざまな業者。選挙のたびにただ名前だけひたすら連呼して回るだけの選挙カー
 日本を訪れる外国人は、まずこの点に驚くらしい。東京の「ウサギ小屋のような狭い家」というのは海外でもつとに有名だが、その狭い家が密集する混沌とした薄汚い住宅地の狭く入り組んだ道を拡声機積んだ車がのろのろと走っているのだから、それはもう異様な光景としか思えないだろう。

 静かな生活環境は住民の権利だ。いつまでも拡声機で喚き散らすような時代錯誤な営業形態が許されていいはずがない。それにもかかわらず、日本の住環境は、一体、どこのいつの時代だといわんばかりの非常識振りを世界に晒している。誰も気付いていないようだが、21世紀なのだ、今は!!

 Soundscapeは、音を含んだ生活環境全体をひとつの生態系として捉えて、その改善を目指す概念だ。
 しかし、今の日本人に音を景観の一部、生活環境の一部として考える発想は、残念ながら全くない。
 東京の都市景観、地域景観の醜さは、世界的にも顕著で有名だが、景観に対して全く配慮をしない国民が、音に対して配慮を行わないのは、ある意味当然のことなのかもしれない。
 地域社会における公共性への意識の低さや生活環境への配慮の無さが、今のこの無残な騒音社会を生んでしまったことをいいかげん反省しないと、日本はほんとに世界から嘲笑されていく国へなっていくだろう。いや、もうすでになってるか。