読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

Hobo

ホーボー(Hobo)は、アメリカで19世紀の終わりから20世紀初頭の世界的な不景気の時代、土地から土地へ働きながら渡り歩いた渡り鳥労働者のこと。- Wikipedia

 アメリカの鉄道建設は、1850年代から始まって、はやくも1869年には大陸横断鉄道が開通する。
 この新しく始まった鉄道の時代に、無賃乗車を繰り返しながら、各地を渡り歩いた期間労働者たちがいた。彼らはHoboと呼ばれていた。

 彼らがなぜhoboと呼ばれていたのかは、実際良く分かっていないらしい。日本語の「方々」、「鋒鋩」などが語源ではないかという変な説もあるが、ほとんど根拠はない。

 1873年に史上初といわれる世界恐慌が勃発し、アメリカはその後1879年ごろまで長い不況を経験する。この時代、日雇いの職にしかありつけなかった人々は、仕事を求めて各地を点々とする生活を余儀なくされた。それが彼らhoboと呼ばれた人々なのだが、20世紀になって車社会motorizationが進み、さらに世界大戦の勃発によって不況が終わると、このような生活をする人々の姿は次第になくなっていった。
 
 民俗学の本をいくつか読んでみると、日本でも明治ぐらいまでは、定住しないで各地を放浪して生活する文化が全国に残っていたというから、同じような時期まで放浪生活者というのは、どこの国でも普通に見られたものなのだろう。しかし、日本でのそういった文化も戸籍制度が整っていく中で次第に姿を消していった。

 Hoboと呼ばれる人たちの姿は、第二次世界大戦後にはもう全く見られなくなっていたのだが、どういうわけか、1960年代のCounter Cultureの興隆やHippy Boomの中で、hoboの姿が文学や音楽の主題として、しきりに取り上げられるようになる。

 放浪する生き方というのがすでに難しくなった時代に、自由な生き方の象徴として扱われたのだ。文学や音楽の中では、多分に理想化されて扱われたhoboだが、現実の生活はもっと厳しいものだった。彼らは、いわゆる社会から疎外された底辺層だった。

 しかし、彼らの生活が単純に悲観的なものだけではなかったことは、さまざまな資料や研究から分かっている。厳しい生活を強いられながらも、その分の自由に誇りを感じていたhoboたちも実際にいたのだから。
 何ものにも縛られないという生き方に憧れを抱くのは、特に若い頃には、普遍的なものだろう。さしたる計画もないまま、backpackerとして各地を旅行したりすると、そうした生き方への郷愁も強くなる。

 今の日本でも、nomad workがもてはやされたりするのも似たようなものだろう。だが、誰もが、放浪の生活なんて現実には無理だということは良く分かっている。しかし、だからこそ今でも、hoboは自由な生き方の象徴として、多くの人々を惹きつけているのだろう。