読書亡羊

気ままに読書、気ままな読書日記

晴筆雨読

清水幾太郎『本はどう読むか』 (1972)

*読まれる読書から読む読書へ 読書というのは、なんとなく読んでいるだけで、自分が考えたような気になってしまう。しかし、著者に言わせると、それは本に「読まれている」だけで、自分にとって意味のある読書体験にはなっていない、ということらしい。 ま…

日本戦時下の笑い

早坂隆『日本の戦時下ジョーク集 満州事変・日中戦争編』 (2007) *昭和日本の芸能史 昭和初期から太平洋戦争の直前まで、いわゆる戦時下を生きた庶民の笑いを取り上げている。 昭和は確かに政治、外交ともに激動の時代だったが、本書が扱っている範囲が太平…

Thomas Kasulis『神道』 (2004)

2004年刊行。翻訳は2014年。 著者は、アメリカにおける日本思想、宗教哲学の第一人者。 神道という、日本人にとってさえ、極めて捉えどころない宗教を外国人の視点から、体系的にまとめている。 多くの日本人にとって、神道は、普段、「宗教 religion」とし…

弓削達『ローマはなぜ滅んだか』 (1989)

人類史上初の世界帝国ローマは、いかにして滅んだか――― これは、人類史の中で最も魅力ある主題のひとつだろう。本書は、そうした問いに、ローマ繁栄の裏にある経済や社会構造の歪みなどに焦点を当ることで答えようとしたものだ。*カルタゴとの覇権争い ロー…

全ての道はローマに通ず - omnes viae Romam ducunt - All roads lead to Rome

3世紀末のディオクレティアヌス帝時代の資料に、ローマの公道の総距離数を示す資料が残っている。 それによると、幹線となる国営の公道は、総数372道、延べキロ数約85000㎞になる。 国土交通省の資料によると、日本の高速道路の総距離数は、2016年現在、9165…

樺山紘一『ルネサンス』 (1993)

*近代性の裏に隠れたルネサンスの異なる側面 人間中心主義と合理主義的精神——— 14世紀は、古典文芸の復興の時代であり、中世的な宗教的盲目から解放された時代だった。この時代はのちにルネサンスと名付けられた。 19世紀中葉にミシュレーとブルクハルトに…

阿部謹也『刑吏の社会史』 (1978)

*社会史とは何か 社会史とは何を対象にした歴史なのだろう? 歴史学の中でも政治史、経済史、法制度史、美術史、建築史といったものは、対象がはっきりしているので分かりやすい。しかし、社会史と言われると何をする学問なのか途端に分からなくなる。 この…

阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』 (1974)

*人々を解釈へといざなう民話 洋の東西を問わず民話は、単純な起承転結の物語になれている現代人にとって、非常に理解しにくいものが多い。 動物譚や英雄譚など子供が喜びそうな題材を扱っていながら、内容の意図がまったくつかめないため、なぜか読後に不…

Jared Diamond『銃・病原菌・鉄』(下巻) (1997)

*個別の地域を検証する(下巻) 下巻は、まず文字の発明、技術の受容、社会の集権化を概説した後に、上巻で示した仮説を敷衍して個別の地域への検証を行っている。 大胆な仮説を提示した上巻に比べると、やっぱり、地味な印象はぬぐえない。だが、ところど…

Jared Diamond『銃・病原菌・鉄』(上巻) (1997)

*人類史という試み 原書は、1997年の刊行で20年近く前のもの。 訳書は、文庫版で上下二巻。 さすがに20年以上前の著作となると、現在の研究成果からは否定されているような説も部分的に散見される。 たとえば、著者は、ネアンデルタール人に関して、クロマ…

大島直政『イスラムからの発想』 (1981)

一般のイスラム教徒には、異教徒と理解し合おうという思想はない、ということを心得ておかねばならない―― 異文化間での相互理解の基本は、「お互いを理解できないということを理解する」という点から始まる。相手を「理解できない他者」だと認めることは、相…

Mortimer J. Adler『本を読む本』 (1940)

*批判的読書のために 原著は1940年の刊行。 戦前の古い著作で、教養主義的な読書論を展開した本ではないかと思って長年読むのを敬遠していた。だが、たまたま古書店で安く手に入ったのでふと読んでみたら、批判的読書critical readingの基本を説明した実践…

外山滋比古『思考の整理学』 (1983)

*蓄積する知識から創造する知性へ 初出は1983年(文庫化は86年)。InternetやPCが一般化するずっと前の作品。 著者は、すでに本書のなかで、博覧強記といった知性の型は、computerの登場で全くその価値を失った、と述べている。情報化時代といった言葉が話…